ホテル・ファンタンゴ(8)

そう云えば、女の子が何かを口にしているのを見たのは、ワインを飲んでいるところだけだ。寝具も持っていないようだし、本当に洋服も持っていないのかもしれない。僕は双眼鏡を置いて、コンビニに行き、幕の内弁当とグラタンとサンドウィッチとおにぎりとジュースとコーヒーを買って、弁当だけ温めて貰った。ファンタンゴの左から2番目のドアノブに、コンビニで買ったものをぶら下げてピンポンダッシュした。僕はコンビニに引き返して隠れるのを止め、そのまま部屋に戻った。女の子はたぶん、いつもの様に何の疑いもなく、僕が買った物だけを手にして、部屋の中に持っていくだけで周りを見るような事はないと判断したからだ。ベランダに戻った頃には、既にお弁当を食べ始めていた。女の子は、袋の中から飲み物を取り出した。全ての飲み物を出した後でも、まだ覗きこんでいた。そして明らかに「チェッ!」と舌打ちして見せた。何か不満でもあったのだろうか?なるほど!お茶ね!お茶がなかったのか。僕は急いで温かいお茶と、冷たいお茶を買って女の子のところに届けた。ドアノブにお茶の入っている袋を掛ける時、気のせいか小さな声で「ありがとう」と言われた気がした。たぶん、空耳だろうな。女の子は、嬉しそうに両手でお茶を飲んでいた。やはり、あの格好では寒いのだろうか?お茶の缶で手を温めているように見えるのだ。ではなぜ服を買いに行かないのだろう?土を注文して運ばせる事が出来るなら、服だって何とかなるだろう。例え下着しかもっていない事情があったとしても、通信手段さえあれば、今はなんだって出来る時代なのだ。ドアを開け閉めしているところをみると、何か犯罪に巻き込まれている訳でもなさそうだ。お金がないのか?いや、それなら土をあんなに買う事は出来ない筈だ。サインをしていたからカード払いなのか?パソコンがないのか?別にパソコンがなくても別の端末さえあれば洋服はいくらでも買える筈だ。